interview *文様についての考え*

2008年7月31日

ここでは、染物の文様についての考えや、技法などをお聞きしたいと
思います。



田中:作品の文様はどのようにつくって行くのですか?


仁平:そうですね・・・
  
   自分で撮った写真から起こしたり、古典の文様をアレンジしたり、自分で
   書いたスケッチから起こしたり・・・
   あとは、生地のテクスチャーから文様を起こすこともします。


田中:生地のテクスチャーから、とは?


仁平:例えば、このタペストリーの仕事では、大麻の生地の触感をどうやったら
   視覚化出来るかと、強調出来るか、という意図から発生して出来たものです。
   これも「自作について」で説明した通り、素材との関係性から、という
   アプローチなわけです。
   
   これはロウを使った仕事ですが、いわゆる「ロウケツ染」というアプローチ
   ではありません。
   素材感を視覚化するめにロウを使っている、という使い方です。

   ロウは、種類や置き方によって染料がロウを通して生地に入り、素材の味わい
   を視覚化することが出来ます。

   私がロウを使うのはそのためで、いわゆる「ロウケツ染」という技法や分野
   のためではありません。



田中:なるほど。
   関係性から、というのはそういうアプローチもあるわけですね。


仁平:そうです。
   とても、発想が自由になるのですね。
   そして「素材を視覚化するためにした仕事」も、一度形になって表に出れば
   今度はそれを新しい文様として扱うことも出来るわけです。


田中:具象的な柄も、抽象的な柄も平行してつくっていますね。


仁平:そうですね。
   その両方が合わさったものもあります。

   私は固定の作風が私の個性だと思っていないので、その両者を分けている
   わけではありません。
   
   その都度、生地やつくりたい柄、に合わせて決めていくだけです。
   素材との関係性、人との関係性から、です。


田中:写真やスケッチなどから文様を起こすというのはどのような手順で進める
   のですか?
   仁平さんは「染の文様は絵画ではない」ということを強調されていますが。


仁平:そう、どんなに下絵で「良い絵」が描けたとしても、それを染に置き換えた
   時に必ずしも良い染物にはならないのです。

   江戸時代の着物の図案なんかは本当に適当ですよ。
   当たりと、指定ぐらいしか描いてなかったり。

   最近の作家さんは、図案を面相筆で日本画のように描く人も多いようですが。
   私はあまり下絵はカッチリ描きませんね。
   あくまでも染めものですから。

   染は直接的表現ではなく、間接表現なのです。
   「染色技法に還元しなければならない」のですね。

   今では、ダックという薬品もあって、筆で描いた絵のようなものでも文様
   として染料で描いたりすることが出来ますが、私はよほど特別な要望が無い
   限りそれは使いません。

  (*2010年ぐらいからダックを使って生地の素材感を出す方向性も開発し、
   ダックも取り入れています*)

   私は、染色は染色独自の制約が魅力だと思っているのです。
   制約は多くマイナスと捉えられ勝ちですが、私はその分野の制約はその
   分野の美点だと思っています。

   仮に、布に絵画のようなものを描きたいのなら、最初から絵を描いた方が
   ずっと良いのではないでしょうか?

   もちろん、例えば尾形光琳の描いた小袖のような素晴らしい画家の余技的な
   ものは素晴らしいものだと思います。
   それはあくまでも「画家が着物に絵を描いた」という意味においてです。
   染物としてどうの、ではありません。

   とにかく、自分が撮った写真やスケッチから文様を起こす場合は、絵画的な
   情報を染色技法に還元し、染色ゆえにより魅力的になるように考えて行く
   のです。

   絵画のマネゴトをするのなら、染めをやる意味はありませんよね。
   もちろん、染物を平面作品的な「提示方法を取る」ことは私もやります。
   しかし、あくまでも染物なのです。


田中:なるほど。
   確かに、着物の絵羽になっているものでまるで絵のようなものがありますね。
   公募展などでは良く見られるものです。
   あれは、着ることがどうの、ではなく展示会用のもので、それも、絵画でも
   なく工芸でもない、なんとも違和感のあるものが多いですね。


仁平:私も失礼ながらそう思います。 
   私の知り合いの方が「凧みたいな着物」と言っていて、うまい例えだな、と
   思いました(笑)


田中:なるほど(笑)
   やはり、業界の方でも、そういうものに疑問を持っている方もいらっしゃるん
   ですね。

   しかし、直接的に出来る仕事ではない、その設計や進行を整理しなければ
   出来ないとなると、そこに生き生きとした感覚を盛り込むのは難しいの
   ですか?


仁平:いや、そういうことはありませんね。
   染は染の分野の良さがあるわけですから、その制約が魅力になって表れて
   くれるわけですから。
   
   それに、こういう面倒臭いことを嫌う人は元々染はやらないでしょうし。

   実際、工芸的な仕事はルーティンワークが多いし、やり直しが効かない
   ことが多いので、事前の準備が大切なのです。
   
   なので、こういう仕事は向き不向きはありますが、それ以上に
  「その面倒臭さに耐えられるか」が重要だったりしますよ。
   才能がある人でも、そういう面倒臭さに耐えられなくて辞めてしまう人も
   多いですからね。


田中:なるほど、そういう意味での適性はあるかも知れません。
   それはどの職業でもありますよね。


仁平:そうです。
   染物だけにある特殊なものではありませんよ。


田中:古典柄などはどのように使うのですか?


仁平:一度、古典柄を線描きで起こします。
   それから、自分が納得行くような形にアレンジします。

   古典の文様は本当に、常に斬新で、完成度が高いですね。
   しかし、やはりただ古典の文様を写しただけでは良いものになりません。
   それでは何度もコピーを重ねた写真のように、劣化するだけなのですね。

   なので、そこには必ず現代の感覚を入れる必要があります。
   現代、その古典柄を使う必然、というものがなければただの劣化コピー
   になってしまいます。

   ただし、古典柄をそのままやるのは、形そのものは既に完成し、完成形の
   見本もあるので、ある意味楽でもあります。


田中:そうですね。
   ただ古典の形だけを追っているのでは形骸化したものですから。
   そういうものが多いのは悲しいことですね。


仁平:そういうことをキチンと教える学校などがあると良いのですけどもね。


田中:学校ではムリかも知れません(笑)


仁平:そうですか。


田中:それでは、文様に関することはこのへんで。



(2001年9月当時のインタビューです)


Comments are closed.