ヨーロッパの風景のなかの和服

2013年10月12日




今年の5月に個展を開いていただいた岐阜の呉服屋さんの「きものギャラリー睦月」さんの横山さんが、ご主人とヨーロッパを旅行された際に、和服を沢山お召しになりました。その画像をいただき拝見し、大変に参考になり、また自分の創作姿勢への励みになりました。

横山さんは大変、自然に和服を現代の「着るもの」としてお召しになります。もちろん、日本国内でもそうされているわけですが、現代日本で自然につくられている和服は、全くそのままで、日本の風景だけでなく、ヨーロッパの自然風景、街並と響き合うのだと、横山さんがお召しになった写真を拝見して感動したと共に、つくり手として自信を持つことが出来ました。

「現代日本で自然につくられている和服」というのは、ヘンに気取ったモダンアートコンプレックスのような和服ではなく、またヘンに外国人がイメージする「和風」古典文様の衣装ではなく、悪い意味の「作家モノ」と呼ばれる意匠を凝らした「絵の出来損ないのようなもの」でもなく、普通に、現代の日本人の制作者たちが、販売する人たちが、良いと思い制作したものです。

今回、横山さんがヨーロッパ旅行にお持ちになったものは、伝統的な産地の織物と、現代の染物、現代の織物です。ヨーロッパ人にウケそうだと「和服の業界人が日本的だと思っているもの」(といっても本当の古典ではなくいかにも呉服調の)ではなく、自然に横山さんが好きだと思うものです。

それが写真にある通り、なんと自然にヨーロッパの風景と合う事か!

言うまでもなく、和服は高度な専門職が集まり、それぞれがそれぞれの仕事を全うすることによって、成り立ちます。これは、制作側だけでは出来ません。着ることを見据えた上で、和服のいろいろなアイデアを出したり、新しいコーディネートをしたり、いろいろなメンテナンスは制作する人だけでなく、和服を販売する人とそれに関わる人が必要です。その相互作用によってより良いものが出来上がります。

上の写真は、東京新宿の「なか志まや」さんのご注文でウチで制作しました麻の生地に墨の濃淡と胡粉で染分けした夏帯です。着物は、なか志しまやさんと、京都の「きもの創り 染の小阪」さんによる制作の、麻生地にシケ引きの染めです。

ヨーロッパの古い建築のなかにおける、この着物と帯の自然な日本らしい素材感、そして着手である横山さんの着付けと佇まいの美しさ、存在感は本当に素晴らしいですね。

やはり「和服は着て最大限になるようにつくるべき」だとあらためて思いました。衣桁にかけられた状態で善し悪しを言っても仕方がない。着付けて、着た人がどうなるのか、が大切だと。

そして「良い和服は着る人をアートにする」と、ちょっと安っぽいコピーみたいですが(笑)思いました。




「ホテルアマルフィ」の前にて。
「なか志まや」さんと「染の小阪」さんの着物と「なか志まや」さんと仁平制作の帯で。




こちらは場所は分かりませんが、この写真ではヨーロッパの人たちと、和服姿の横山さんの対比がとても面白いと思いました。個人的には、現代の洋服よりも、むしろ伝統的衣装である和服の方が、ヨーロッパの古い建築物と合っていると思いました。(身内びいき過ぎ?笑)




こちらは、産地ものの古典的な細かい絣の着物に、上の白いシケ引きの着物に合わせたものと同じ帯を合わせたものです。地色や質感は全く対極ながら、どちらにも良く合っていますね。

私のつくる布は(着物、帯、その他のもの)個性的なようで、いろいろな着物、帯、インテリアに合せられる特徴があります。それは、色や間に余裕を持たせていること、素材感を分りやすい形で表層化していること、それらが組み合うことを予想して制作しているので、他の要素を受け入れて増幅しやすいからなのです。一枚の布として完結させ過ぎないこと。【使われた時に一番最大強度になること】を常に考えて制作しています。【他のものを受け入れる感覚的な“空白”があること】それが最終的には、布のとりまく環境を巻き込んだ増幅となり、一枚の布として完結させるよりもずっと大きな動きを産み出すことが出来るのです。




こちらは、上と同じ産地ものの古典的な細かい絣の着物に、横山さんのご注文によって制作しました、仁平作の帯の取り合わせです。こちらも本当に良く周りの風景と響き合っていると思います。

こちらの帯は、波形の生地の地紋が生きるように、なおかつ使いやすいように、シンプルに紺色のぼかしの線を一本だけ入れ、地色を薄いグレーに染めたものです。「作家ものは凝ったものがいい」と一般には望まれるのですが、横山さんは、そういうことをおっしゃらずに、実際に着て良いものを受け入れて下さるので、助かります。そして、実際にこのように着こなして下さいます。。。

ヘンに伝統伝統と主張しない産地ものの素晴らしい古い紬の着物、そして現代の作り手による現代的な素材使いと解釈と表現の染物、その両者は全く違う表現方法でありながら、根幹は結びついている。そして、その素材と、素材から引き出された表現の自然な結びつきによる作物は、他の文化圏の風景とも自然に共鳴し合う。お互いが出会う事によって、お互いの今まで観えなかった新しいものが観えるようになる、そしてその新しさがその布たちの周りの環境に影響を与え動き出す、そんなことを起こせたら最高です。。


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私は【日本人は昔も今も素材フェチである】といつも主張していますが、やはりそれは正しいし、昔々は全世界的にイヤでも「素材に従わずには何も作れなかった」わけで、それゆえに、素材感がそのまま残る建材を使った古い建物が残るヨーロッパの街並と、素材を大切にして(いじり過ぎずに)産まれた和服は共鳴するということ、(もちろん、日本建築とは当たり前に共鳴する)そして時代や時間とは無関係に存在する素材同士はどの文化圏のものでも共鳴し合う、という「事実」を観た気がしました。

現代、和服を着るということは、ある意味「非日常」です。

しかし、その「非日常」のことをあえてすることの一つの理由に【日本人は素材フェチであり、布が大好きである】ということで、それが【自分が大好きな布をたっぷりと身にまといたい】という望み、願望に結びついていると思うのです。

今は一部の好事家以外では、以前ほど「美しい布を身にまといたい」という理由で和服を着ないでしょう。しかし、やっぱり和服のなかで現代も長着が残り、長い帯が残り、実用的でない大きな袖が残っているのは「素晴らしい布を体全体に纏う快感と高揚感」があるから、と感じます。(和服を着る理由の一つではあると思うのです)

「キモノという衣装を着ることそのものが好き」というのと「美しい布を、タップリと身にまといたい」というのは別に分離はしてなく、お互いに混じり合っているものだと思いますが、「現代において美しい布を体全体にタップリとまといたい」という意識が強い人は、自分が気に入る布でないなら、ワザワザ和服を着ない傾向があります。

それは単純に自分が気に入った布を身にまとうことが目的だからです。自分が気に入った布を身にまとうのに最も有効で合理的なのが「和服」だから、それを着るというわけです。(取り合わせも含めた総合的な衣装文化としては最大だと思います)そういう衣装の残り方もあるのだと思います。

もちろん、今は失ったいろいろな文化的慣習の名残りして着るということも多々ありますし、そして今も機能する昔から今に伝承されている普遍的な文化的喜び、感覚的、体感的喜びもあります。

しかし、日本人の「素材そのものを愛でる感性」による日本の布文化の引き継ぎ方は、現実にいろいろな文化の壁を超えて、実際に和服として映えるし、いろいろな風景に共鳴するし、着る人も輝かせるし、全く違和感なくその存在感の証明がされていると思いました。

ちなみに、横山さんご夫妻が、イタリアのアルマーニショップに上写真の「白い麻のシケ引着物と、仁平作の染分帯」で買い物に行った際、ショップ店員に取り囲まれ「素晴らしい!」「写真を撮っていいですか?」「パーフェクト!!」と絶賛で、写真を撮られまくったそうです。

彼らも、全く当たり前に、イタリアのなかの「現代和服」が「スゴくクールでカッコいい!」と感じたのだと思います。

「ああ、ジャポネの民族衣装ね、うん、まあ、クールだね。。」ではなく。。。。。

そして、ヘンな話ですが、横山さんのご主人や、ご友人が、たまたまそこにいた人たちが、ただただ「横山さん、キレイ!」と思わず「再確認する」とか、写真を撮ってしまうような状態であったなら、それこそ「完全にうまくいっている」のでありその時に全てが響き合っているときなのです。








“ヨーロッパの風景のなかの和服” - 6件のコメントがあります

  1. Tomoko Says:

    こんにちは。
    この記事、とっても興味深く面白く拝見しました。
    普段から着物暮らしをしている知人が、ご主人のお仕事で数年間パリにいたときももちろん着物姿だったのですが、ちいさい子供と一緒に公園などにいるときは、それこそ汚れても平気でいられるウールやごく普段の絣着物などを着ていたそうです。
    で、おされなパリ人にもそういう違いはやっぱりわかるそうで、ことさら着物だからって人の興味をひくものではなく、やっぱり「良い物がいいのだ」・・・と、ちゃんと見分けているみたいで、それが文化やお洒落の成熟した度合いが感じられたというようなことを言っていました。
    ナルホド、とも思い、そりゃそうだろうなあ、とも思い。
    記事を拝読して、生み出す人の悦びを感じました。


  2. foglia Says:

    Tomokoさんコメントありがとうございます!

    おおお、それも興味深いですね。。。。

    「着物であるだけではフランスでも興味をひかれることは少ない」

    実際、和服の業界の人たちが、フランスで展示会をしたりしますが
    どうも「呉服業界内での価値観」のものが多くあまり評価はされて
    いないように観えます。。。

    やっぱり「通用するもの」でなければならないんでしょうね。。。

    今回横山さんからいただいた報告は、私だけでなく、他の制作の方
    お店の方にとってとても勇気づけられる結果になりました。
    (何かの企画でやったことではないのですが、笑)

    良いものを目指してがんばりたいと思います。


  3. wakadanna Says:

    私も布フェチです。そして、布に包まりたいという感覚から、着物は好きですし、ショールも好きです。
    夏場の麻、柔らかい紬や綿、紙布・・等、良い素材に素肌が触れると、心地よく感じられます。
    また、精神的にも、落ち着きます。
    以前、絹素材で、様々な草木染めがされているショールと出会ったとき、店の人から、ショールを羽織ると、目が生き生きとしているといわれたことがありました。
    確かに、そのショールを首に巻いた自分を鏡でみると、目に力が備わったように生き生きしている自分がいました。
    良い素材は、自分にとって、何かを与えてくれるように思えました。


  4. foglia Says:

    wakadannaさん、ご無沙汰です。

    とても参考になるご意見、ありがとうございます!

    そうですよね。。ショールでも、身にまとうと高揚しますよね。

    「〜良い素材は、自分にとって、何かを与えてくれるように思えました〜」

    つくり手としてそういう布にしたいですね!

    がんばります。


  5. Sra.Akane Says:

    初めまして! メキシコに長期滞在(年の半分)して和裁教室を開いています。 私も生活着物を第一に考えていますが・・・・生活の中にも雅と華を醸し出す&機能的&健康的な&エコな着物を目指しております。
     ご縁がありましたらお会いして着物談義したいものですね。
    15年くらい前、何度かローマのオペラ座に着物姿で出かけ…幕間はプリマでしたね。でも、訪問着で ローマの地下鉄はハラハラもんでした。(笑) 


  6. foglia Says:

    Akaneさんコメントありがとうござます。

    メキシコで和裁教室をされているのですか。それは素晴らしい
    ですね。

    いつかお会い出来る日がありましたら。。。(^_^)


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