− 私のおすすめ −

なか志まやさんの茶色

2015年3月4日




東京新宿の「なか志まや」さんの色といえば、グレートーンか、ベージュを実に上手く使いこなし、一般の呉服系の素材感とは少し違う風合いのもので構築する都会的コーディネートという印象がありますが、最近、なか志まやさんは、色味のものも積極的に取り入れ、特に茶色が見事です。




これほど、都会的でクールで魅力的な茶色の使いこなしはありません。

もちろんなか志まやさんは、土着的な茶色も使いこなしておられますが(ウチのそういうものも扱っていただいております)

なか志まやさんの茶色を一言で言うと

「なか志まやの茶は薄肌一枚向こう側に匂う」

という感じでしょうか。

女性の薄い肌の向こう側の血色を見るかのような色気と魅力があります。





甦った飛鳥・奈良染織の美-初公開の法隆寺裂-展

2014年8月27日





仏師の黒住和隆さんに、お誘いをうけ、東京国立博物館に「蘇った飛鳥・奈良の染織の美」を工房構成員たちと観に行きました。

ワタクシ、染色業界ながらこの展示会を知りませんでした。いけまへん。。これは、観て本当に良かったです。この時代は染色織分野に関わらず、いろいろなものに霊性を感じますが、なんと力強くて優美なこと!愛らしく、高貴、なおかつ強い。ある意味国籍不明の問答無用の強さがあります。

素材そのものも、もの凄いものでもう、糸から違うんですよね。手間のかけかたも尋常ではない、色が現代の草木染や、それを再現したとか主張する人のものとも全然違う(経年変化云々の話ではなく)。。。まあ、ようするにこういうものは商業では出来ないわけなのですが、それにしてもスゴいものでした。この展示会はオススメです。9/15日までですが、特に染色織関係者で制作に関わる人はこれを観るべきだと思いました。

こういうものは、観てスゴいと思うも同じ方式で同じものをつくって追いつくなんて絶対に出来ませんから、違うアプローチでこの波長に持って行きたいものです。

それとは別に、仏師である黒住さんにいろいろ解説を受けながら観る仏像が実に面白く、なおかつためになりました。やっぱり現場のスペシャリストの解説は本に載っている知識的なものなどと違い、実際に彫る人つくる人視点なので、リアリティが違うんですね。今まで「感じてはいたけどもあいまいだったものに、ピントを合わせてもらった感じ」がなんとも壮快です。とても勉強になりました。

法隆寺献納宝物の、飛鳥時代から奈良時代の伎楽面も出ていたのですが、これも黒住さんに解説をしていただきながらだと「なるほどお。。」といろいろ感心。やっぱり、この時代のものの力強さは、何か霊的です。美への献身を強く感じます。この霊性を宿したものを自分も作りたいですね。しかし、それを実現しても、現代では残念ながらウケないかなとも思います。

作家性とかそういう瑣末なものとは違う、霊的な連帯があるもの、それが伝統として続いて行くと私は思うのですが、それが明治ぐらいからは分断されてしまったかなあ、といつも感じます。

今回は黒住さんからいろいろ勉強させていただきました。
ありがとうございました。m(_ _)m





「明治の工芸 知られざる超絶技巧」を観に行った

2014年6月3日



(写真はスタッフともよんブログから借用)

先日、午後は仕事場が断水ということで、ありがたくも招待券を三枚いただいていた「明治の工芸 知られざる超絶技巧」 の展示会を工房スタッフたちと観に行って来ました。

いやあ、とてつもない、超人的な技術です。人間ワザじゃありません。

明治の工芸の特に輸出用のものは西洋諸国の流れに乗ろうと日本の手工芸の技術力の粋を西洋にドヤぁ〜!!する過剰さが見所で、創作的にはそれほどでもないものが多いのですが(技術は本当にスゴいけども)しかし、なかには「江戸の美意識と明治という新しい時代の感覚、江戸後期から引き継いだ技術的爛熟期の三者の融合」のものがあって、それは本当にスゴい、創作的にも技術的にもとんでもなくスゴいものでした。あのレベルのものは、日本の美術工芸史にしっかり残る素晴らしいものですね。

展示会では「第一室」に展示されているものが素晴らしいです。

三井記念美術館は、新装開店したんですね。内装も良く、雰囲気があって、モノが見やすいです。

展示会の配置も、一番スゴいものを一番最初に持って来ていたのは、良かったです。人間、鑑賞するにもそれほど集中力が持続するわけではないので。

特に、七宝焼、薩摩焼、漆芸がスゴいです。

もちろんその他の分野もスゴいですが、仕事柄もあり、特に惹かれたのはそれらでした。

明治時代には日本の工芸全体が技術的爛熟期でもあったでしょうが、当時にはいろいろな分野に天才が出現していたようです。その工芸の天才の出現と時代の要請によっていろいろなものがこれほどのレベルで形になったんでしょうね。時代の変わり目には天才が表れやすいのでしょうか。

オススメの展示会です。

人間技とは思えないです。

2014年7月13日(日)までやっていますので、ご都合つく方は是非。

工芸家にもパトロンがいた時代でないとこれは出来ませんね。

何にしてもつい100年前ぐらいの日本の工芸のレベルすげええ〜〜!!!と何か、勇気づけられました。


。。。それにしても、なんで工芸の他分野は神憑ってスゴいものが産まれていたこの時代に染色のスゴいものが無いのだろう?とも思いました。






染織家の中野みどりさんの作品集が届きました!

2012年5月3日



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先日、紹介させていただきました、染織家の「中野みどり」さんの作品集が
私のところへも届きました。

内容を拝見して、ふんわりと感動しました。
中野さんの織物自体は、孤高といえるぐらいに厳格な部分もあるのですが
人を脅しつけるようなものではなく、むしろ包み込むようなものです。

作品写真が丁度良い分量あり、中野さん自身の解説もとても的を射たもので
工芸に興味がない人にも分りやすく、新鮮です。

中野さんの書かれた文章は、自然で、日々制作に向かう真摯さに裏付け
された、しかし人に押し付けるようなものでない、明快なものです。

中野さんは、いわゆる◯◯主義、という姿勢で作品には向かってないのだと
思います。

私は中野さんと、パートナーの工芸評論家の笹山央氏とは何度かお話をして
いるわけですが、今回、まとまった作品と文章を拝見してあらためて
思ったのは

「何の解説もなく中野作品に対峙した時に感じたことと全く同じことが
 中野さん自身の言葉で解説されている」


ということです。

そう、中野さんは姿勢と作品に分離がないのです。

中野さんの織物は、中野さんのおっしゃる通りに作られ、その通りに
なっているのです。

これは当たり前と思う方が多いかも知れませんが、実際には大変なことです。

私が初めて中野さんの作品を拝見した時に、全体としての完成度と
糸一本一本への目配り気配り、技術的完成度を持ちながらしかしそれは
職人芸的な「芸」を超え(基礎技術や姿勢はむしろ厳格)飛翔している
印象を持ち、本当に感心してしまいました。

+++++++++++++

織物の仕事で、紬糸のような複雑で一定でないものを完全に扱うには
例えば、糸一本一本、糸の1cm単位を観察して組み立てたとしても
達成されません。
それでも間に合わないぐらいの情報量を紬糸は持っているからです。

紬糸の質感、太さ、さらに色、元々均質でない糸の経緯の交差、情報の
累乗が重なって行くのですから、もし一つ一つのことをイチイチ確認して
いくような姿勢でやっても、ただやることが増え、こなしきれないで
未完成な作品で終わってしまいます。
普通はそのような部分は、長年の経験や伝承で埋めて行くわけです。

しかし中野さんは、そんな人ではありません。

中野さんは、

「最初から最適な量を手でざっくりと掬えてしまう人」

なんですね。

超一級の棋士などにもある、実際に説明すると膨大な数式のなかにあるものが、
イメージとして掴まれ、それを大きく捉えて進行させられるような感じです。

一つの方式、感じ方、そういうことに固定されない。
その時その時に感じたことを自由にして、しかし逸脱がない。

「その自由のあり方が中野さんそのもの」

ということです。

糸や素材、そして何より中野さんの織られたものをお召しになる方々への愛情。
それを強く感じます。

制作にあたって全体を感じ、細部も同時に感じ、
使う人たちへの愛情もその向こう側に大きくあります。
それが全く自然に表現されています。

【表現】とは主義主張を表すことではなく、そのような制作者の愛情が形に
なって表されることそれ自体が【表現されるべきこと】ではないのか?
(それが一方的ではなく機能していること)

私はその姿勢が最も古びない、新しいものだと思います。

(文中に「私の着物だけを観たら、一つ物足りないと感じるかも知れないけども、
 それは人が入る余地を残しておくため」という意味のことが書いてありましたが、
 それは本当にその通りだと思います)

織り上がりは一貫性があり、ブレがない。
しかし良く観ると、その都度の感覚の動きがあり新鮮で奥行きがある。

「中野さん自身の感覚的整合性と織物の構造的整合性が一致している」

(苦もなく全体を把握し、新鮮に織物をし、それが理にかなっている)

(もちろん、制作のご苦労はあると思いますが)

「理にかなっているからこそ、軽やかに自由に観える」

「自由だからこそ、理にかなっている」


それは大変に高度な世界です。

しかし、その世界は、むしろ人を包み込むようなものです。
草木の間を吹き抜ける春風が人を包むように。

中野さんの着物や帯は「いわゆる呉服」ではありません。
それとは別のもので、なおかつ定義も出来ません。
それは布であり、衣服であり、使う方の伴侶であり、中野さんの作品です。
それだけです。
自由なものだから。

++++++

それと、この作品集の見所のもう一つは、着付けとモデルになって下さった
中野さん作品の所有者の方々です。

この本のなかの方々はモデルではありません。
着付けもそれぞれに普段着られるようにされたそうです。

だからこそ、なのでしょうが、着物も、お召しになられている方々も
なんともリアリティがあって瑞々しいのです!

着物は人が着ることにより、より魅力を増し、着た人は着物を着たことにより
瑞々しさが増幅されているのです。。。

この人と素材が等価に引き立て合うのはとても日本的です。。。

人の凹凸が自然に出た着姿、自然によったシワ、傾き。。。
それらが布を引き立て、同時に着る人の生命感を増幅させています。

私は勝手に「中野さんの着物や帯は人がその人自身を発見するのに
背を押すような存在だ」と言っていたのですが、それはあらためて
正しかったと思いました。

そう、ようするに、中野さんは、ご自身がそうおっしゃるように
分離なく作られているわけですからそうなるわけです。
私はその事実を観たまま言っているだけです。。。。

+++++++

私が多く語るよりも、是非多くの方に手に取っていただきたいと
思います。。。

中野さんの自作の解説、考え方、そしてパートナーの工芸評論家・笹山央氏の
文章も工芸や美術に興味のない方が読まれてもとても分りやすい明快さで
楽しく参考になることと思います。

。。。。。。。。。。

(編集をされた工芸評論家の笹山央さんからこの記事にコメントをいただきまして
 ちょっと身に余るお褒めを言葉をいただきましたが、それは置いておいて、笑
 この記事に付け加えたいと思ったことを以下に加えます)

〜(略)着る人と着物が互いに引き立てあうことについては
仁平さんも書かれてますが、それに加えてもうひとつ
私が発見したのは、いわゆる日本家屋の空間と中野さんの
着物とが実に快適に響き合うのですね。

このことは、可喜庵という江戸末期に建てられた古民家での
「即席茶会」のシーンの写真を撮っていた時に実感されました。
その空気は本書の写真でも感じ取っていただけると思います。
着物の世界の深さということについての、新たな視野を
提示してくれています。


。。。。。。。。。

そうです、それもありました!
笹山さん、記事の内容を補強して下さってありがとうございました!

。。。。。。。。。

*Amazonでも買えるようになりました*←Amazonへのリンク

以下のサイトから、注文を受け付けていらっしゃいます。

【かたち21】

(中野さんのパートナーの「笹山 央」氏主催の現代の工芸の方向性を
 提示、行動する会です。この作品集の企画編集元です。)

【かたち21内の中野さんのページ】

上記ページから詳細をご覧下さい。

あるいは直接メールにて「かたち21」さんに中野さんの作品集の件と
お問い合わせ下さい。

katachi*mbr.nifty.com(*マークを@に変えてお使い下さい)

++++++++++

『中野みどり作品集 樹の滴――染め、織り、着る』

A5判 本文88頁(カラー28頁)
カラー写真は高精細印刷 並製本
定価 2,940円

【主な内容】

*草木染紬織の着尺と帯20点を掲載しています。

・着尺作品集

・着姿作品集

*各作品毎に著者のエッセーを兼ねた解説付きです。

*櫻工房における製作工程の概略、および「紬塾」についての案内
があります。

ー本文からー

私は作品を作るときにはいつも着ることを意識して作っています。
いつ、どんな場面で、どんな方に着てもらおうかと考えながら作るのです。

さらには着物でも帯でもどんな取り合わせにするかを、大まかにですが
設定してかかります。

もちろん特定の誰かということではなくあくまでもアバウトなのですが、
大きく「着る」ということを思い浮かべて仕事をすすめています。

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【出版元】
染織と生活社
600-8427
京都府京都市下京区松原通烏丸西入
075-343-0388
URL http://senshoku-alpha.jp/

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トマトの砂糖がけ

2011年7月1日


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「トマトに砂糖をかけて食す」というのをたまに聞いて
やってみようやってみようと思いつつ、今までやったことがなく
最近とうとうやってみました。

最初は

「えー、トマトには塩だろ、シオっ!砂糖なんて信じらんね〜!」

という態度であったワタクシでありましたが、冷えたトマトの一切れに
三温糖を山盛りにのせ口に運んだ瞬間

「うまいじゃん!」

と、あっさりとワタクシの偏見はひっくり返されました。

【トマトの砂糖がけはウマイ!】

ワタクシは、声を大にして言いたいです(笑)

いやあ、トマトの果汁と砂糖は合うんですね。
トマトのジャムなどは知ってはいましたがこういうフレッシュな味わい
とは違います。

最近流行の「フルーツトマト」のような甘さになるんですね。
ただし、ウマ味はフルーツトマトほどにはない、それがかえって夏場には
サッパリしていていいんです。

それで、いろいろ試してみたのですが、トマトにかける砂糖は

「グラニュー糖、あるいは三温糖」

がおいしいんですね。

きび砂糖や黒砂糖、黒蜜、ゴールデンシロップは合いません。

あまりうま味のある砂糖は合わないようです。

それと、砂糖はある程度結晶の粒が大きい方が良く、口の中で砂糖が
ジャリジャリする感じがトマトの酸味が最初に来た後に砂糖の甘さが来る
時差になり、いい感じです。
例えば粉糖などをかけてトマトの果汁と砂糖がシャバシャバになると
今ひとつです。

さらにいろいろ研究しまして、デザート代わりにもなるような
ものに進化させました(何をそんなに一生懸命に、笑)

【冷えたトマト+グラニュー糖(あるいは三温糖)+レモン+フレッシュミント】

です。

これが、写真のものです。

良く冷えたトマトを切って、器に盛り、フレッシュミントを散らします。
それからレモンをたっぷり絞り、レモンの皮もツイストしてレモンの
香りもトマトにまとわせます。

それから、グラニュー糖を、背徳感を感じるぐらいにかけます(笑)
砂糖は、沢山かけた方がおいしいです。

ミントの葉ごといただきます。
砂糖をかけたら、スグに食べて下さい。

全体が、マリネのように馴染んでしまうとおいしくないんです。
口のなかで、酸味や甘み、レモン、ミントの香りが別々に感じる
ようなのが良いです。

口のなかに、初夏の風が吹きますよ。

丁度今時にふさわしいデザートだと思います。

写真は見本用なのでトマトが二切れしかありませんが、普段、工房の給食
ではトマトを一人一個この砂糖がけでぺろっといただきます。

まあ、スイーツ系でトマトのゼリーなどだとこういう味の構成になるかも
知れませんが、それよりもずっと簡単でなおかつフレッシュ感があります。
実際に食べておいしい夏向けデザートです。


にへい、並びにフォリア構成員全員、おすすめいたします!m(_ _)m